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思い出の決勝戦から学ぶ

2009年の夏の甲子園、決勝は現広島の堂林翔太選手擁する、ダントツの優勝候補・中京大中京と秋の北信越大会優勝チーム・日本文理とのカードだった。

両チームが春夏連続出場ではあったが、総合力で他を圧倒し勝ち上がった中京大中京が終盤にその力を見せしめた。

10-4で迎えた9回表、6点を追う日本文理の攻撃も、見逃し三振とショートゴロでツーアウト。

中京大中京の優勝ムードが球場全体を支配しだしていた。
マウンドには、この大会の主役といっても過言ではない、堂林選手。大会の生んだスターを中心に、歓喜の輪ができる様子を誰もが連想した。
そのまま、野球の神様が中京大中京に微笑むのかと思われた。

打席には日本文理の1番バッター、アウトで試合が終わる状況にもかかわらず、ストライクは積極的に手を出していき、際どいボールをしっかり見極めた。そしてまさに、四球を奪い取った。ここから日本文理が反撃ののろしを上げた。

ワイルドピッチの後、タイムリースリーベース、タイムリーツーベースと続き2点を返す。10-6、4点差に縮め、打席には4番打者が入り、日本文理の応援は勢いを増す。同時に中京大中京の選手から笑顔が消える。

しかし、この日の調子が今一つの彼の打球は、ふらふらとサードの横へ上がるファールフライ、誰もが試合終了を確信したその時、堅守でチームを救ってきた三塁手がボールを見失った。あと一つの、たった一つのアウトが取れない。

歓声とどよめきが交差し、甲子園の雰囲気はさらに日本文理を後押しする。

直後、すっぽ抜けたボールが体に当たり、デッドボールで出塁。中京大中京はエース堂林を降板させる。さらに変わった投手が、次の打者に四球を与え、ツーアウト満塁。

打席には、日本文理のマウンドをたった一人で守ってきたエース伊藤選手が入る。

驚異的な粘りに大甲子園は、伊藤コールで日本文理を後押し、振りぬいた当たりはレフト前にタイムリーとなりついに2点差に。渾身のガッツポーズはさらなる勢いをあたえた。

続く代打の選手は、臆することなく、レフト前に強烈なタイムリーを放ちついに1点差、さらにツーアウトながら1塁3塁と攻め立てた。

打席には、エース伊藤をこれまでリードしてきた捕手が。

「カキーン」金属音とともに放たれた打球は、痛烈だった。会心の一撃だった。
カメラが追えなかったそのあたりは、サードのグラブの中だった。手を出してとったのか、入ってきたのか、それすら分からないサードライナーだった。

甲子園の神様も、勝ち負けを決めるのが難しかった、両チームの持っている、運とか偶然とかそういうものに頼ったのかもしれない。

優勝したチームが泣き、敗れたチームには笑顔。マウンドで全員が歓喜の輪を作ることもなかった。まれに見ぬ光景に、試合の壮絶さが伺えた。

最後、負けはしたが、日本文理のあきらめることなく、最後まで攻め続けた精神力、素晴らしかった、鳥肌が立ちました。

あの状況で、ストライクは積極的に打ちに、際どいボールはしっかりと見極め、決してボール球には手を出さなかった選手たち、日頃の練習の賜物だったらしい。

彼らは、常にスリーボール・ツーストライクを想定した打撃練習をしているそうだ。一球をしっかり見極める力を、一球を積極的にかつしっかりと打ちに行く姿勢を練習の中から、意識することで身に着けてきたのである。

わずか一球にすべてをかけるために…。

まさに、意識した練習の効果が最高の場面で出せたのだ。

そして、負けても笑顔、これは自分たちの力を余すことなく発揮できた証拠であり、勝ったチームへのリスペクトの気持ちの表れではないかと思う。

日頃から言われている、意識した練習やってみるのもいいのではないか。
また、妥協しないことへの追及は、どんな場面でも君たちに笑顔を与えてくれるはず。

やはり、日頃が大事なんですね。

PS
日本文理高校はいつか見学に行きたい高校です。あとは、新潟明訓高校(ドカベンのモデル)です。
遠いんですよね、新潟だし。
今年の夏、ある理由で新潟に行くことができれば見に行きたいと思っています。



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コメント
[2] 管理人 | 2016/06/25 17:26
盆過ぎなんですよね?
いいですね!
[1] 前野政史 | 2016/06/25 14:28
あら偶然。わ私もある理由で新潟に行く予定です。
ご一緒しますか?
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